永遠の0 原作と映画・DVDとの違い、感想

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永遠の0の原作を読み、その直後に映画(DVD)を視ました。

あらすじは書きません。端的にそれぞれの感想、特に違いに着目して書きます。

 

永遠の0 原作小説を見ての感想

太平洋戦争の小説がわたしは好きです。古き時代を知ることはとても大切だし、自分のそれほど遠くない過去の世代がどういう考えだったかをすることは貴重だと思います。

山岡荘八の小説太平洋戦争を読んだときは、全く知らなかった日本の過去の現実を知り愕然としました。中学や高校の授業からは全然わからない深いレベルで知ることが出来たと同時に、深い悲しみを覚えました。

そういう意味では、この永遠の0もまた同じく、深い悲しみを感じてしまいました。

しかしそんな中にあって、1人の宮部久蔵という人物の愛、家族愛、生きる大切さ、いろいろなものを感じ入ることで、悲しみの中で愛情を感じることが出来る作品でした。

フィクションの物語だと思いますが、フィクションでもノンフィクションでもどうでも良い、そんなことを感じさせてくれました。

戦闘機というもの、ゼロ戦をあまり知らなかったので、そういう意味でも非常に知識として面白かったです。

宮部久蔵の人生観・空中戦のスキルに楽しみを見出しながらも、日本軍の結果的に愚かだったといえる作戦や意思決定のまずさにはひどくがっかりというか、悲しくなりました。

物語は読み進めたいのだけど、日本軍がどんどんジリ貧で悲惨になっていくさまを知っているからこそ、読みたくない、、、そこまで思わせる作品でした。

 

永遠の0 映画(DVD)を見ての感想と原作小説との違い

小説の後にすぐに見てしまったのがいけなかったですかね。

内容の薄さには最初の数分で気付き、落胆しました。

分厚い小説1冊と比べて、2時間半のなんと短いことか。

俳優の演技力・個性・美貌など見るべきところもあったのかもしれませんが、如何せん、伝わりません。

いやいや、そこもうちょっとこういう背景とかがあるんだけど、、、そう端折っちゃったんだ、、、みたいな気づきがひっきりなしに続きます。

すべてが舌足らずでもどかしいものでした。

戦闘機同士の空中戦においても映像の力を期待したのですが、不思議と小説のほうが頭のなかで綺麗に描写できていました。

細かい違いは言いませんので、是非小説を読むことをおすすめします。

映画が相当なヒット作となっていたので、どんなものかと思っていたのですが、なぜこんなに映画がヒットしたのか理解できません。

小説に書かれている内容すべてが描かれた上で、ヒットしたのであれば納得なのですが。

ちょっと穿った見方をしすぎたかもしれませんが、、、やはり映画は小説を超えることは難しいですよね。

 

永遠の0 原作小説と映画におけるエンディング・ラストシーンの違い

ネタバレになってしまいます。

 

小説の最後は、エピローグとして、宮部が最期死んでしまうシーンが描かれています。

海面スレスレでレーダーをかいくぐり、最期被弾しながらも一気に急上昇し、急降下で空母を狙う。

しかし、被弾し突撃は失敗するも、壊れた機体とともに空母に乗り上げ、半分になった死体を回収されます。その際、松乃と清子の写真を見つけてもらい、感じ入った艦長が一緒に水葬してくれる、というシーンでした。

急降下する角度がきつければきついほど敵の攻撃を受けにくいが、落下の場所を定めることが難しくなるという側面があります。それが小説では途中で解説されていました。

そこまでわかっていると、最期の急上昇からの急降下のシーンはジーンと来るものが有りました。

でも映画では死ぬシーンは見たくなかったので、あれでよかったと思います。

 

とにかく、素晴らしい作品だと思います。

 

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